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2023年3月3日

電気自動車が変える、グローバルサプライチェーン

持続可能な社会へのひとつの答えとして登場したEV。なかでも完全にバッテリーの動力だけで駆動するBEVの普及は、国際物流の現場にどのような課題をもたらすのでしょうか。BEVの普及で、顕在化するサプライチェーンの課題について考えます。

BEV普及の世界的な潮流

世界のBEV(エンジンがなく、完全に電気のみで走る自動車)の増加が勢いを増しています。中国や欧米がけん引し、年間の新車の販売台数が減少した年でも、BEVの販売台数は前年を大きく上回るペースで増加しています。

欧米に比べ、電気自動車の普及が進んでいないと言われる日本でも、これまでエコカーの代名詞とみられてきたハイブリッド車(HEV、PHEV)に代わって、BEVを見かけることは珍しくなくなってきました。政府の補助金だけでなく、維持費の安さもBEVの登録台数の増加を後押ししています。年間の走行距離を1万キロメートルと仮定し、一般的な電気料金や電費(ガソリン車の燃費に相当)をもとに試算すると、BEVの年間の充電代はガソリン車の燃料代の半分以下と言われています。またエンジンがないため、オイルなどの消耗品や、メンテナンス費用も安くなる傾向にあることも、販売ディーラーでは、購入のインセンティブとしてアピールしています。

欧州自動車工業会(ACEA)の発表では、EUでの2022年のEV販売台数は、前年に比べ28%増えており、2022年の第4四半期には登録車両のうち代替動力車(EVやハイブリッド車、水素燃料電池車など)が、従来のガソリン車・ディーゼル車を上回り過半数を超えています。*1

寒冷地では、走行出力や距離、充電時間などの面でデメリットがあると言われるバッテリー駆動のBEVですが、北欧での販売も増加しています。特にスウェーデンでは、政府の購入補助金が打ち切られたにもかかわらず、国民の高い環境意識もあり増加しています。

各国が脱炭素へ向かう大きな潮流の中で、BEVの世界的な増加傾向に衰える兆しは見えません。

テクノロジーの違い

モーターによって駆動するBEVは、エンジンが存在しないため、エンジン部品、吸排気系部品、トランスミッション、ラジエーター、燃料タンクなどの部品が不要となっています。車両を構成する部品の種類が減少するだけでなく、自動車がますます「電気製品化」することで、搭載部品の電子ユニット化やモジュール化が進み、部品数も大幅に減少しています。一説には、従来のガソリン自動車と比べて、部品点数は10分の1ともいわれています*2

このようなテクノロジーの違いが、自動車産業構造を変え、サプライチェーンに大きなインパクトを与えようとしています。

BEVの普及で、顕在化するサプライチェーンの課題

BEVの急速な普及は、国際物流の現場にどのような課題をもたらすのでしょうか。

DHLの営業部門で、産業別に大口顧客に対して輸送ソリューションを提供する、「DHLカスタマーソリューションズ&イノベーション(CSI)」では、EVに特化した営業チーム「TeamEV」を組成しています。そのTeamEVでは、EVサプライチェーンにおいて荷主が考慮すべき5つのポイントを挙げています。

【サステナビリティ】

持続可能な社会のひとつの答えとして登場したEVですが、生産から廃棄までの、ライフサイクルアセスメントの観点から、厳しい目が向けられている。製品だけでなく、その生産手段や輸送手段においてもサステナブルな取り組みがより一層求められる。

【リチウムイオンバッテリーの輸送】

リチウムイオン電池は航空危険物であり、一度に大量のバッテリーを航空輸送することは実現的ではないため、海上貨物がメインの輸送手段となる。また、車両メーカーの生産計画に合わせるだけではなく、危険物の規則に沿った保管・入出庫管理が求められる。

【電子部品の割合の増加】

車両を構成する部品において、エレクトロニクス部品の占める割合が拡大。それにより、調達面で他産業との競合による供給制約が発生する懸念がある。また電子部品のライフサイクルの短縮化により、サービスパーツとしての供給期限・在庫計画なども考慮すべき。

【部品点数の減少】

部品点数は減少するが、電子ユニットの中にはたくさんの電子部品で構成されているものがある。また、従来のガソリン車両との共存で、SKUは増加する。

【充電設備の展開】

社会インフラとしての充電設備の不足。商用EVを活用する物流企業は、運送事業者として配送センター内でのエネルギーマネジメントの確立も必要となる。

BEVの中心的コンポーネントである、バッテリーの保管・管理

DHLでは、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに、EV用バッテリーに特化した新たな物流ファシリティー「EVセンター・オブ・エクセレンス」を開設しています。

これはDHLがマルチユーザー向けに開いた初の危険物専用倉庫で、EVバッテリーのライフサイクルを支えます。ここでは法令に準拠したバッテリーの保管はもちろん、原材料の取り扱いから、不具合品の管理、リサイクル、安全な廃棄に至るEVのエンド・オブ・ライフまでを、サステナブルにカバーすることを目的としています。

100年以上の技術が変わるとき

1908年のT型フォード誕生から内燃機関を動力とする自動車は、そのコアの技術を維持したまま現在に至っています。自動車が一夜にしてEVに置き換わることはないでしょう。したがって、従来の内燃エンジン車との共存、つまり従来車のサプライチェーンを維持しながら新たなEVサプライチェーンを構築することも、ロジスティクス担当者にとって悩ましい問題となっています。

まだスタートしたばかりのEV産業では、半固体電池や全個体電池の登場などにより今後、技術面でのブレークスルーや、新たなゲームチェンジャーの登場があるかもしれません。100年以上続いた産業に訪れたばかりのパラダイムシフトの中で、ロジスティクス担当者はどのような準備をすべきなのでしょうか。

DHLのように、サプライチェーン管理や、エクスプレスから海上輸送まで、あらゆるロジスティクスを知り尽くした国際物流企業は、多くはありません。